旅行前に知っておくべきバルセロナにおける観光客を狙った犯罪手口とは
2025年2月、在バルセロナ日本国総領事館には、ひと月でおよそ20件、「パスポートを盗まれた」という相談が寄せられました。年末年始よりも増えている、と総領事館は注意を呼びかけています(在バルセロナ日本国総領事館 領事メール 2025年2月27日)。同じメールに並んだ被害例のひとつが、「液体をかけられた後の荷物盗難」でした。
スリというと、混んだ電車でいつの間にかポケットを探られる場面を思い浮かべる人が多いはずです。気をつけていれば防げる、カバンを前に抱えていれば大丈夫、と。ところがバルセロナで報告され続けているこの手口では、旅行者は盗まれる瞬間、自分からカバンを手放しています。しかも、相手に感謝しながら。
「服、汚れてますよ」は、たいてい本当
流れは単純です。歩いていると、見知らぬ人が肩のあたりを指さして「汚れていますよ」と教えてくれる。見れば、本当に白っぽい液体やケチャップのようなものがべったりついている。鳥の糞だろうか、と上を見上げる人もいます。
在スペイン日本国大使館は、この手口を「ケチャップスリ」と呼んで説明しています。犯人がケチャップやアイスクリームなどをわざと歩行者の服につけ、汚れていると指摘して気づかせ、拭き取るのを手伝うふりをしながら、カバンやポケットから財布を盗む、というものです(在スペイン日本国大使館 主要な犯罪の手口及び防犯対策)。
この手口がよくできているのは、指摘された汚れが本物だという点です。嘘を見抜こうにも、嘘は一つもついていない。服は実際に汚れていて、相手は実際にティッシュを差し出してくれる。疑う理由が見つからないまま、話が進んでいきます。
両手で拭くとき、カバンはどこにあるか
肩や背中についた汚れを拭くには、両手が要ります。上着を脱ぐ人もいます。そのとき、手に持っていたカバンや、肩にかけていたリュックは、いったん足元に置くことになる。スリ対策で身体の前に抱えていたカバンも、この瞬間だけは身体から離れます。
大使館が勧めている対処は、はっきりしています。汚れを指摘されても、その場で服を脱いだり拭き取ったりしないこと。親切に拭くのを手伝おうとする人がいても、応じないこと(在スペイン日本国大使館)。
液体は、本人が気づかないうちにつけられています。2025年11月の領事メールには、夜10時ごろ、市内のホテルの屋外喫煙スペースで背後から水をかけられ、直後に近づいてきた複数の男に体を押さえつけられて鞄を盗まれた、という事例も載っています。総領事館は、地下鉄や鉄道の駅・車内で「荷物を運ぶ」「衣類につけられた汚れを拭う」といった、親切を装った犯行に特に注意するよう呼びかけています(在バルセロナ日本国総領事館 領事メール 2025年11月4日)。
写真: Agm / CC BY-SA 4.0
教えてくれた人と、持ち去る人は別にいる
「でも、汚れを教えてくれた人がそのまま盗むなら、その人から目を離さなければいい」。そう考えたくなりますが、相手は一人ではありません。
総領事館の2026年6月の注意喚起によると、窃盗犯は多くの場合2〜3人のグループで動いていて、声をかけて気をそらす役、盗む役、盗んだ物を運ぶ役と、あらかじめ役割を分けて標的を探しています(在バルセロナ日本国総領事館 領事メール 2026年6月26日)。
目の前でティッシュを差し出している人は、何も盗みません。足元のカバンを拾うのは別の誰かで、それを受け取った三人目は、もう通りの角を曲がっています。汚れを拭き終えて顔を上げたとき、親切な人に「ありがとう」と言ってから、ようやく足元が軽いことに気づく。総領事館が、見知らぬ人が急に声をかけてきたり、ぶつかってきたりしたときは「犯罪発生の予兆」と考え、できるだけ反応しないのが一番だと書いているのは、このためです。
本当に失うのは、その先の旅程
カバンの中にあったのが財布だけなら、被害はお金とカードの手続きで済みます。けれど、旅行中の荷物にはたいていパスポートも入っています。冒頭の「ひと月で約20件」は、まさにその相談の数でした。
パスポートを盗まれた場合、まず現地の警察で盗難届を出し、その証明書(JUSTIFICANTE DE DENUNCIA)を持って総領事館で手続きをすることになります。急いで帰国したい人向けの「帰国のための渡航書」には、警察の盗難届出書のほか、写真2枚、帰国便の日程がわかる書類、戸籍謄本(または戸籍電子証明書提供用識別符号)、現金での手数料などが必要です(在バルセロナ日本国総領事館 パスポートを盗まれた、紛失した場合)。
そして、ここに見落としやすい一文があります。渡航書では、飛行機の乗り換え以外の目的で他の国に滞在することはできません。 バルセロナのあとにパリやローマを回る予定だったとしても、渡航書で帰るなら、その先の旅はそこで終わりです。旅を続けたければ、新しいパスポートの発給を待つことになります。
汚れを一度拭いただけで、残りの旅程がまるごと消える。この手口の本当の怖さは、そこにあります。
汚れたまま、次の角まで歩く
対策は、服の汚れよりカバンを優先する、という一点に尽きます。
- 「汚れていますよ」と言われても、その場では立ち止まらない。お礼だけ言って歩き続ける
- 手伝いを申し出られても断る。ティッシュも受け取らない
- 拭くのは、カフェやホテルのトイレなど、荷物を身体から離さずに済む場所に入ってから
- カバンは斜めがけにして身体の前に。総領事館も、バッグやウエストポーチを身体の前に向けるよう勧めています
- パスポートの顔写真ページのコピーと、証明写真を2枚、別の場所に入れておく(渡航書の申請で写真が必要になるため)
肩にケチャップをつけたまま、ランブラス通りを数十メートル歩く。少し恥ずかしいかもしれません。けれど、その数十メートルのあいだ、カバンの持ち手は自分の手の中にあります。
ヘッダー写真: Sunnya343 / CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)