日本の市販の風邪薬をドバイに持ち込む際に起こりうるリスクとは
出発前夜、スーツケースの隅にポーチを詰めていく。胃薬、絆創膏、それからドラッグストアで買ったいつもの総合かぜ薬。ドバイは初めてだけれど、長いフライトと強い冷房で喉を痛めるかもしれない。処方薬ではないし、日本ならどこでも売っている薬だから、特に確認することもない——。
ここで一度、その箱を裏返してみてください。成分表の中に「ジヒドロコデインリン酸塩」と書かれていないでしょうか。
箱の裏の、小さな文字
ジヒドロコデインリン酸塩は、咳を止めるために日本の市販のかぜ薬や咳止めに広く使われている成分です。たとえば大正製薬の「パブロンゴールドA〈錠〉」は、1回量(3錠)あたりジヒドロコデインリン酸塩を8mg含みます(大正製薬 製品カタログ)。エスエス製薬の咳止めシロップ「新ブロン液エース」にも入っています(エスエス製薬 製品情報)。PMDA(医薬品医療機器総合機構)の資料でも、コデインリン酸塩やジヒドロコデインリン酸塩を含む一般用のかぜ薬・鎮咳去痰薬がまとめて扱われていて、特定の製品に限った話ではないことが分かります(PMDA 使用上の注意改訂資料)。
実はこの成分、日本の法律でも本来は「麻薬」の仲間です。コデインやジヒドロコデインは、濃度が1%以下の製剤に限って「家庭麻薬」として麻薬の規制から外されている、という扱いになっています(e-Gov法令検索 麻薬及び向精神薬取締法)。日本で気軽に買えるのは、日本の法律がそういう例外を設けているからで、成分そのものが無害だからではありません。
その例外は、国境を越えない
アラブ首長国連邦(UAE)では、コデインは規制対象の薬物として扱われます。在ドバイ日本国総領事館は、麻薬や向精神薬などUAE政府が規制する医薬品を持ち込む場合は、事前にUAE当局の承認を得る必要があると案内しています(在ドバイ日本国総領事館 医薬品の持ち込み)。
外務省の海外安全ホームページには、もっと直接的な一文があります。UAEでは麻薬などの所持・使用は違法で、個人の常備薬でさえ、規制対象品であれば没収されることがある(外務省 アラブ首長国連邦 安全対策基礎データ)。UAEの薬物法(2021年連邦政令法第30号)は、許可された医療目的以外での規制薬物の所持を禁じ、罰金や禁錮などの罰則を定めています(UAE Legislation, Federal Decree by Law on Combating Narcotics and Psychotropic Substances)。
市販のかぜ薬を持っていた旅行者が実際にどう扱われるかは、成分の量や状況による個別の判断で、「必ずこうなる」とは言えません。ただ、少なくとも空港で没収される可能性があり、法律上は罰則の対象になりうる。これが「日本の市販薬だから大丈夫」の実態です。
処方薬より、市販薬のほうが説明しにくい
ここで、多くの人の直感と逆のことが起きます。
UAEの制度は、規制薬を一律に締め出しているわけではありません。UAE保健省(MOHAP)の案内によれば、旅行者は最大3か月分までの量なら、規制薬を持って入国できます。事前の電子承認は旅行者にとっては任意ですが、そのかわり、患者の氏名・薬の名前と用量・治療期間・発行日・医師名が書かれ、医療機関が認めた3か月以内に発行された処方箋を携帯することが求められています(MOHAP Issue of Permit to Import Medicines for Personal Use)。
つまり、病院で処方された薬なら「医師がこの人に出した薬です」と書類で示す道があります。ところが、ドラッグストアで買ったかぜ薬には、処方箋がそもそも存在しません。「気軽に買える薬」だからこそ、正当な理由を証明する紙が手元に何もない。日本の感覚では安全側にあるはずの市販薬が、ドバイの入国審査では、いちばん説明のつかない荷物になりうるのです。
なお、この申請サービスは現在、UAEの薬事機関であるEmirates Drug Establishment(EDE)のポータルにも同名のページがあります(EDE Issue of Permit to Import Medicines for Personal Use)。申請先は出発前に最新の案内で確かめてください。
ポーチに入れる前に、成分表で探す二つの名前
準備は、難しくありません。
- 持っていく薬の箱の成分表で、**「ジヒドロコデインリン酸塩」「コデインリン酸塩」**の文字を探す
- 見つかったら、その薬は持っていかず、コデインを含まないかぜ薬に替える。薬剤師に「コデインが入っていないもの」と伝えれば選んでもらえます
- どうしてもその成分が必要な事情がある人は、医師に相談して処方を受け、英文の処方箋や診断書を用意したうえで、上記の承認制度を確認する
鼻づまりの薬に使われるプソイドエフェドリンなど、ほかの成分についても規制対象として挙げる民間の案内がありますが、公的な一覧では確認できませんでした。判断に迷う成分があれば、外務省が勧めているとおり、駐日アラブ首長国連邦大使館に事前に問い合わせるのが確実です。
たった一箱のかぜ薬のために、到着ロビーの手前で足止めされるのは割に合いません。出発前夜、ポーチを閉じる前に箱を一つずつ裏返す。ドバイ旅行の準備は、そこから始まります。
ヘッダー写真: Ahmed / CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)