イスタンブールで親しげに話しかけてくる人に、ついていってはいけない理由
夕暮れのイスティクラル通り。店先の明かりがともりはじめた人波の中を、一人でぶらぶら歩いていると、隣から英語で声をかけられます。「写真、撮りましょうか?」。人懐っこい笑顔の青年は、自分も旅行者で、この街は二回目なのだと言う。日本が好きで、いつか行ってみたい。話は弾み、やがて彼が言います。「このあと一杯どう? いい店を知ってるんだ」——。
旅先での偶然の出会いは、旅の一番の思い出になることもあります。トルコの人の親切さに助けられた、という旅行記も数えきれません。ただ、この場面のこの誘いに限っては、日本の外務省と在イスタンブール日本国総領事館が、ほぼこのままの筋書きで注意を呼びかけています。
「僕も旅行者なんだ」から始まる
在イスタンブール日本国総領事館の「安全の手引き」は、よくある流れをこう描いています。夕方や夜にスルタンアフメット地区や、タクシム地区(特にイスティクラル通り)を一人で歩いていると、自分も外国人旅行者だと名乗る若者から親しげに声をかけられる。友達になった後、「知っているいい店があるから一緒に飲みに行こう」と誘われる(在イスタンブール日本国総領事館 イスタンブール 安全の手引き)。
「地元の人に気をつけて」と身構えていると、ここで油断が生まれます。相手は地元の人ではなく、同じ旅行者のふりをして近づいてくることがある。総領事館は、観光地で旅行客を装って偶然の出会いを演出し、「日本が好きだ」「友人になりたい」と言葉巧みに誘う手口だとしています。
同じ旅行者だと思えば、警戒はゆるみます。写真を撮り合い、どこから来たのか、どこを回ったのかを話しているうちに、相手は「さっき会ったばかりの人」から「旅先でできた友達」に変わっていく。誘いの一言が出るのは、ちょうどそのころです。断りにくい空気ができあがってから、行き先が示されます。

ブルーモスクが建つスルタンアフメット地区も、総領事館が名前を挙げている場所の一つです。観光客が必ず訪れる場所だからこそ、声をかける側にとっても「旅行者どうし」を装いやすいのです。
店に入ると、女性が隣に座る
連れて行かれた店で何が起きるのか。外務省の安全対策基礎データは、次のように書いています(外務省 海外安全ホームページ トルコ安全対策基礎データ)。
- 店では女性が隣に座って接客する
- 支払いの段になると、サービスに見合わない数万円から数十万円に相当する金額を請求される
- 支払いを渋ると、大柄で強面の男たちに囲まれ、支払いを強要される
払えるだけの現金がないと言うと、ATMまで連れて行かれた、という旅行者の報告もあります。
同じ資料には、レストランなどで食事中に睡眠薬を盛られ、気づいたときにはパスポートや財布をすべて盗まれていた事例も載っています。親しくなった相手と飲食をともにする、という入り口は同じです。
ガラタ塔の坂道で、ブラシが落ちる
「親切から始まる」手口は、夜の店だけではありません。総領事館の手引きには、昼間の観光地で起きる、もっと小さな話も載っています。
ガラタ塔の近くを歩いていると、道端に座っていた靴磨きの男性が立ち上がり、目の前を歩き始めて、ごく自然にブラシを落とす。親切心から拾ってあげると、男性は道具を広げ、お礼のように「靴を磨いてあげる」と言い出す。そして磨き終わると、代金を求めてくる。
ブラシを拾う、という日本ではごく当たり前の親切が、会話のきっかけとして使われているわけです。総領事館によれば、一度断っても男性は何度もしつこく声をかけてくることがあります。不要ならはっきり断り、それ以上は相手にしないよう勧めています。ブラシを拾ってあげたこと自体を後悔する必要はありません。拾ったあとの「お礼」を受け取らなければ、それで終わる話です。
本物の親切は、行き先を決めてこない
では、イスタンブールでは話しかけてくる人をすべて疑うべきなのか。そうではありません。道に迷って立ち止まれば方向を指さしてくれる人がいた、店でチャイをごちそうになった、という旅の思い出を持つ人も多いはずです。
見分けるための手がかりは、手口の共通点にあります。
- 親切や会話が、相手の指定する場所への移動につながっていく(「いい店を知っている」「すぐそこだから」)
- 出会ってからの時間が短いのに、「友達」「日本が好き」と距離を一気に詰めてくる
- 小さな親切(ブラシを拾う、写真を撮る)の直後に、お返しの流れが用意されている
道を教えてくれる人は、その場で親切を終えます。問題になるのは、親切の先に「行き先」がついてくるときです。外務省は、たとえ意気投合しても初対面の人を全面的に信頼しないこと、総領事館は観光地で知り合った人から紹介された店を利用しないことを勧めています。
飲みに行きたい夜は、店は自分で選ぶ。誘われたら「友達と約束があるから」と笑って別れる。それで本当の友達になれる相手なら、翌日の昼に、明るいカフェでまた会えるはずです。
ヘッダー写真: Antimuonium / CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)